みなさん、こんにちは!
高橋淳也(あつや)です。
前回のブログでは
「SNSに使われるな。悪魔のアルゴリズムから抜け出して、セロトニンを増やそう」というお話をしました。
画面の中の他人のキラキラした生活と自分を比べて落ち込むのはもうやめて、自分の足で街に出て、太陽の光を浴びて汗をかこう、と。
さて、今日のテーマは、転職活動で悩むすべての人、そして「このままの人生でいいのだろうか」と夜も眠れずに葛藤しているあなたに贈る、「知る喜びと、知る地獄」についてです。
最初に、今日の問いかけを投げさせてください。
あなたは、「何も知らないまま井の中の蛙として生きていく楽さ」と、「外の世界を知り、死ぬまで自分の壁に挑み続ける過酷さ」、どちらの人生を選びますか?
「自分の人生、これでいいんだ!」と胸を張って腹を括るために、なぜ僕たちはリスクを取って挑戦(チャレンジ)し続けなければならないのか。
2000文字超の熱量で、僕の泥臭い本音を語らせてもらいます。
厳しい現実から話をさせてください。
何も知らないまま生きていくこと。
井の中の蛙のままで、自分の小さな世界の中に閉じこもっていること。
正直に言います。
それって、めちゃくちゃ「楽」なんですよ。
外の世界にどんな優秀な人間がいるのかも知らない。
世の中にどれだけ魅力的な仕事や、刺激的な環境があるのかも知らない。
自分の可能性がどこまで広がっているのかも探ろうとしない。
「まあ、世の中こんなもんだよね」
「自分の会社はここがダメだけど、どこに行っても同じでしょ」
「手取りは少ないけど、波風立てずに生きていくのが一番賢いよ」
そうやって、狭い井戶の中で諦め混じりの愚痴を垂れ流しながら生きる。
もちろん、無限に広がる外の世界に思いを馳せながら、今いる不満だらけの環境に嫌悪感を抱くのは、それなりに苦しい(地獄)かもしれません。
でも、自分の意志で一歩を踏み出すリスクも取らず、新しいチャレンジの恐怖にも怯えずに済むという意味では、「思考停止して井の中にいること」は、圧倒的に楽な生き方なんです。
かつての僕自身も、まさにその「井の中の蛙」でした。
手取り16万の介護士時代、自分の世界は介護の現場しかありませんでした。 ビジネスの仕組みも、営業の厳しさも、起業の面白さも、海外の熱気も何ひとつ知らなかった。
「給料が安い」「世間が悪い」と文句を言いながら、狭い世界で安全に守られていたあの頃の僕は、惨めで恰好悪かったけれど、ある意味では一番「楽」なぬるま湯に浸かっていたんです。
でも、もしあなたが
人生のどこかで「外の世界」を少しでも知ってしまったら?
一度その「外の世界の光」を見てしまった人間は、もう二度と、元の狭い井戶の中に「知らなかったフリ」をして戻ることはできません。
ここから始まるのが、「知る地獄」です。
旧約聖書で、アダムとイブがアダムのりんご(知恵の実)を食べた瞬間、自分たちの裸を恥ずかしく思い、楽園を追放されたように。
外の世界を知ってしまった人間は、死ぬまで「知恵の実(挑戦と学習)」を食べ続けなければならなくなります。
知れば知るほど、自分の未熟さに絶望する。
挑戦すればするほど、自分の限界という壁にぶち当たり、挫折して傷つく。 新しい打席に立つたびに、「失敗したらどうしよう」という猛烈な恐怖と不安に襲われる。
「知る」ということは、単なる喜びではありません。
それは、「一生、自分を成長させ続けなければ気が済まなくなる」という、タフで過酷な螺旋階段を登り続けることでもあるんです。
僕自身、手取り16万の井戶を飛び出し、営業で撃惨し、起業し、ベトナムと日本を往復するようになってから、この「知る地獄」を毎日味わっています。 自分の知識不足に打ちのめされ、言葉の壁にぶつかり、ビジネスの厳しさに冷や汗をかく日々。
「あぁ、何も知らずに介護の現場だけで平穏に暮らしていた方が、精神的には楽だったのかな」と、ふと弱音が頭をよぎる夜だってあります。
じゃあ、なぜ僕は、そして挑戦を続ける人たちは、わざわざそんな過酷な「知る地獄」に自ら飛び込んでいくのでしょうか?
理由は、たった一つです。
「これでいいんだ!」と
自分の人生を自分自身で納得させたいからです。
誰かが作った安全な井戶の中で、文句を言いながら死んでいく人生。
「本当はもっと別の生き方があったんじゃないか」
「あの時、勇気を出して挑戦していたらどうなっていたんだろう」
そんな未練と不完全燃焼の思いを抱えたまま人生の最期を迎えることほど、恐ろしい恐怖はありません。
どんなに傷ついても。
どんなに自分の未熟さに打ちのめされても。
「俺は自分の意志で外の世界を選び、自分の足で挑戦し、自分の壁と戦い抜いたんだ」
そうやって胸を張って言える状態を作るためなら、どれだけ挑戦の恐怖に震えようが、どれだけ知恵の実を食べ続けて苦しもうが、それは「最高に価値のある地獄」なんです。
転職活動中のあなたに問いかけたい。
今、あなたは「できそうな安全な仕事(井の中)」に戻ろうとしていませんか? それとも、怖くて震えながらも、「難しそうだけどワクワクする外の世界(知る地獄)」へ一歩を踏み出そうとしていますか?
「自分にはスキルもないし、30代だし、過去もポンコツだから(第55回、第62回)」と諦めるのは、自分を納得させるための「都合のいい言い訳」に過ぎません。
一度「現状を変えたい」と願って求人サイトを開き、このブログにたどり着いた時点で、あなたもすでに「外の世界」の存在を知ってしまった側の人間なんです。
だったら、もう知らなかった頃の自分には戻れません。
腹を括って、外の世界へ飛び出すしかないんです。
「挑戦する」ということは、誰かに褒めてもらうためでも、SNSで他人に自慢するためでもありません。
ただひたすら
「自分自身を納得させるため」の行為です。
挑戦した結果、うまくいかないこともあるでしょう。
新しい会社に入って、想像以上の厳しさに「やっぱり甘くなかったか」と悔し涙を流す日もあるかもしれない。
でも、自分で選んだ「きつい道のり」で流す涙は、他人から与えられた不満の中で流す涙とは、価値が180度違います。
自分の意志で選択し、逃げずに立ち向かった結果なら、人間はいくらでも前を向ける。 「これでいいんだ。俺は今、自分の人生のハンドルを自分の手で握って生きているんだ」と、自分の選択を自分で「正解」にしていくことができるんです。
世の中に、最初から100%保証された「正しい選択」なんて存在しません。 あるのは、「選んだ道で死ぬ気で挑戦し、自分で正解にしていく覚悟」だけです。
その覚悟を決めて打席に立ち続ける人だけが、「知る地獄」の先にある「圧倒的な成長」と「心の底からの平和」を手に入れることができるんです。
数々の挫折を経て自分の人生のハンドルを握り直してきた一人の人間として、僕はみなさんに伝えたい。
知ることは、時に苦しい。
自分の小ささを知ることも、挑戦の厳しさを知ることも
吐き気がするほど怖いことです。
でも、井の中の蛙のまま死んでいくより、傷だらけになりながらでも外の世界を走り回る人生の方が、絶対に面白くて、格好いいと思いませんか。
僕たちが運営する「Be.SIDE(ビー・サイド)」は、あなたを狭い井戶の中に閉じ込めておくための安全ルートを提案する場所ではありません。
あなたが「外の世界で自分の可能性を試したい!」と願ったとき、その「知る地獄」への一歩を一緒に踏み出せるよう、隣で伴走し、最強の武器(あなたのバックボーン)を一緒に研ぎ澄ます場所です。
過去がどうだったかなんて関係ない。
大事なのは、「これから、どう生きるか」です。
自分の人生
「これでいいんだ!」と胸を張って言える生き方をしようじゃないか。
ビビりながらでいい。
足が震えていてもいい。
僕たちと一緒に、知恵の実を食べ続け、新しい打席へ一歩を踏み出してみませんか。
本日も、最後まで読んでいただきありがとうございました!
株式会社Be.Crew 高橋 淳也
[公式LINEのご案内] Be.SIDEでは、狭い常識や安全志向に囚われず、自分の意志で新しい挑戦を選んで人生を大逆転させるためのマインドセットを日々配信しています。「今の環境に違和感がある」「自分の可能性を試してみたい」というあなた。まずは公式LINEから、あなたの「外の世界に行きたい」という本当の本音を、僕たちにそっと教えてくれませんか。
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